VUTAIの象徴である「広間」を、伝統工法を用いてつくりあげてくださった西嶋靖尚氏(宮大工 大都流 三十二代目当主)。そのこだわりや見どころ、仕事にかける想いを伺いました。

― VUTAI「広間」を手がけられることになったきっかけは?

阿部(前)社長からですね、「類農園」としての大きな施設を作りたい、その中にどうしても伝統工法で「本物」を作ってほしいというご依頼がありました。「本物」という言葉にはいろいろな意味が含まれますけれども、つまりは歴史に残る建物を100年、200年と、これから先も使い続けられる施設の一部としてやってくれないかと。それも西嶋としての伝統工法を使ってやってほしいというご依頼をいただきました。そこからがスタートですね。

― 手掛けられた「広間」へのこだわりは?

この建物自体がまず奈良の宇陀に建つということ、これが第一点ですね。奈良の歴史観を入れつつ、この農園の中でいかに機能的に作用する建物にするか。なおかつ伝統工法ですから、社寺やお宮の工法を取り入れながら、いかに宗教色を出さずにシンプルに収めていくか、という点に苦労しました。

― とくに「ここが見どころ」というポイントはありますか?

約8メートル間隔で丸柱が建っているんです。この8メートルのスパンを飛ばした大空間、そしてこの高さですね。この中に入ったときの空間的な意識で、「何かこう、気持ちがすっきりするな」と、そういった感覚を味わっていただけたら面白いかなと思います。それと、すべて日本材を使っていますから、体にいい木の匂いなどの効果もあります。そういう空気も思う存分吸い取っていただきたいなというふうに思います。

この8メートルを飛ばすにあたって、丸柱の直径と、その上に架かる「虹梁(こうりょう)」という梁の大きさを考え、一番力がかかるところには欅を使わせていただきました。4本の柱のために8本準備しています。8本の大きな丸太を製材し、徐々に小さくしていく中で、大きさや色を見て、最後の4本に絞り込んでいます。平均で200年経っている、200歳の木です。

― 伝統技術を今回の新しい施設に取り入れることには、どんな可能性があるとお考えですか?

伝統工法という社寺建築の工法ですが、私たちはまず、この建物を100とすれば、90はその工法をすべて使っています。ただ、残りの10については、建築基準法に合わせ、金物も入れています。 本来は入れなくても耐震性は十分に保てるのですが、そこは決まりごとですから。

伝統工法をできるだけ使いつつ、「宗教行事の建物ではない」という見せ方にすることが難しかったです。たとえば上の「虹梁」という梁も、本来の宗教儀式用であれば彫刻を入れるんですね。それを入れたからといって宗教の建物になるわけではないのですが、今回はあえて彫刻を取ってしまって、つるっとした虹梁にして、いかにシンプルに見せるか。でも、中身は伝統工法であると。見る方が見れば「ちゃんと社寺建築だよね」とわかる建物になっていると思います。

― これからこの場所は、どのようになっていくと思われますか?

5年、10年の話ではなく、100年、200年と、宇陀市のみならず奈良県や近畿圏を含めたくさんの地域の子供たち、大人の皆さんがここを友好の場にしていただいて。農業だけでなく、いろいろなイベントにも使っていただけたらな、そのように思います。

― 100年残る仕事をされている棟梁が、大事にされていることは?

自分が建てるんですけれども、「自分自身の影をなくす」ということです。 作っている最中に見ていただいたときは「棟梁いいよね、すごいよね」と言ってもらえる。けれど完成してふっと中に入ったときに、「ああ、気持ちいいな」という感想だけで終われば、それが一番ありがたいです。 「誰が作ったんですか?」となると、それはまだ自分自身が存在している、自分のエゴの中で終わってしまっているということ。それは皆さんのためにならないんです。皆さんに一番感じてもらうためには、「大工は作るけれども、最後に姿を消せ」というのがうちの方針なので。その姿を消すというのが、大変難しいんですけれどもね。

ふとしたときに「なんて気持ちいいんだろう」と感じてもらう。そうなってくれればいいと思うんです。ここ「広間」は、いろいろな用途に使える。イベントに来られた方が、本来の目的で入って「ここは使い勝手がいいな」「気持ちいいな」と思ってもらえるなら、100点だと思うんですね。「何かこの建物すごいな、すごいな」と作り手の存在ばかりが目立ってはいけないと思うんです。

そのためにも、一つの物事に引っかからず、何があってもスッと、右から左へ、腹の中ですべて無くしてしまうようにしています。それが当主としての修行なのですが、なかなか24時間365日はできません。それでも極力そうしていくことで、弟子たちもその姿を見て「ああ、そういうものなんだな」という空気感を感じてくれる。それが「育つ」ということですね。

― 伝統を継ぐ未来の子供たちへ、メッセージはありますか?

宮大工として、私たちは日々修行しています。弟子や子供たちには「君たちは全員、将来の棟梁になる人間だ」と言っています。「棟梁」というのは、大工の世界だけの言葉じゃないんです。お百姓さんのトップになる人は棟梁だし、パン屋さんのトップになる人も棟梁なんだと。 棟梁というものは、素材を知り、人を知り、それらをすべてうまく活用して、周りの人たちがまた成長できるようにする。それが「棟梁」ですから。

私たちはたまたま宮大工という世界に入れていただき、大工仕事を通じて修行をしていますが、これは農業をされる方も、パン屋さんでも、皆さん一緒だと思うんですね。その修行を積んで、究極まで到達された方はすべて「棟梁」だと私は思います。 ですから、ここに来る子供たちも含めて、小さい頃から「自分は棟梁になるんだ」「棟梁になって、いい設計をするんだ」というふうに、設計のプロも棟梁ですから、そうやって夢を持ってやっていただきたいなと思います。